秋月黒田城主のつぶやき

ほんわか、明るく、楽しく、でも凛と生きるための応援歌

昔あって今ないもの

皆さま

 

こんにちは。

いきなりなぞなぞやとんちのような話ですが、とある講演集になるほどと思わせられる話がありましたので、紹介したいと思います。

 

生け花(その方はいけはな、とおっしゃっています)の家元の方が、家元を継がれるに際して何を考えられたかから始まり、いけはなとは何か、日本文化とは、道とは、和とはなどなど、とても興味深く、示唆に富むお話でした。私の関心と重なり合う部分も多く、当主とは何か、武家とはどういった存在だったか、武士道とはなど、考えるところでもありますので、あらためて話を進めていきたいと思います。

 

今日はその中でも一つ、お題に戻りますが、「昔あって今ないもの」。

その家元が別の方とお話されている時に、そのお相手の方が、「昔あって今ないものは『畏れ』と『憧れ』ではないでしょうか。」と言われた。その家元が、「今、私たちは畏れをあまり感じません。偉大なるものに畏れを感じる心、雲上の人々に対する憧れの心があって初めて品がよいものが生まれるということです」と言われたのは、なるほどと思いました。

 

台風、洪水、大豪雨、大震災があって、我々はなすすべもなく、無力を実感します。その後、多くの人々の善意、好意などあり、ボランティアの活動などとても素晴らしいことだと思います。そういったお話を聞くと、そこに何か、社会をよくしていこう、支え合っていこうという意識、善の可能性を見い出すことができるかもしれません。私自身はなかなかそこまでできないのも事実です。

 

ただあえて言えば、何ものかに対する畏れ、敬意を、受け身でなく、より積極的に意識することで日々の心持ち、自然や周りの環境に対する接し方も変わり、引いては社会全体で守っていこうという動きにつながっていくのではないか、と考えています。

 

その為には具体的には何があるのか、できるのか。先人たちの知恵、まだまだ全国にたくさん眠っているであろう古文書にも、その解、ヒントがあるのではと思う今日この頃です。