勝海舟と武士道の究極の理想

皆様、こんばんは。

先般、10月21日に福岡県朝倉市秋月で、朝倉市秋月博物館がリニューアルオープンしました。朝倉市は本年7月に豪雨に見舞われ、今も多くの方々が被害にあわれ、まだまだ復興の途上にあります。そんな状況の中、支援の一つの力となればという想いもあり、この時期に開館されました。今後の活動に期待したいと思いますし、微力ながら私自身もできる限り支援をしたいと考えています。

 

その秋月博物館は、前身の財団法人秋月郷土館、郷土美術館から引き継がれたものですが、郷土の方からの素晴らしい美術品もさることながら、黒田家ゆかりの鎧兜、島原の乱への出陣図、合戦図の屏風、秋月黒田家の統治時代等の関連の古文書など、貴重なものが多数展示されています。秋月の素晴らしい風土と相まっていて、是非足を運んでいただければと願っています。先日はその展示物をみていて、とある方から、刀について聞かれたのが、自分にとって一つの貴重な刺激となったのです。

 

武士道は、刀を力と勇気の象徴とした、と新渡戸氏にあります。我が国の多くの神社や名家において、刀を礼拝の対象として収蔵している。刀鍛治は単なる職人ではなく、霊感を授かった芸術家であり、その仕事場は聖域であった。日本の刀に鬼気が帯びるのは、そのような職人の霊が乗り移ったものか、あるいは守護神の霊気が宿ったものであろうか。

 

そういった話の流れの中で、新渡戸氏は、武士道はその刀の使用を正当化したのか、その答えは断じて「否」だ、としています。そして、我が国の歴史上、最も激動の時代をくぐり抜けてきた勝海舟のことを紹介しています。再三にわたって暗殺の対象となってきた彼は、決して自らの刀を血で汚すことはなかったと。人に斬られても、こちらは斬らぬという覚悟だったと海舟は言っています。負けるが勝ち、だとか血を流さずに勝つのが最上の勝利、だとかは洋の東西を問わず、戦略家が説いてきている格言ではありますが、要は、武士道の究極的な理想が平和であることを示している、と新渡戸氏は述べています。 

亡くなった秋月黒田家第14代、黒田長榮公は、太平洋戦争の海軍時代、いじめにあったと言い、その辛さから逃れるため、刀を持って夜自刃を思いたったことがあると述べています(『秋月黒田藩第14代城主 黒田長榮』小田豊二氏・黒田長榮著、麗澤大学出版会)。

 

今般、刀のことを聞かれた時、そういえば生前の長榮公は刀についても想いを持っていたことを思い出した次第です。刀はとても奥が深いものですね。