世界の中の日本とは

皆様、こんばんは。

 

時間は作るもの、創るもの、とはかつてよく聞き、そうだ、そうだと思っていたことですが、歳を重ねるにつれ、自分の時間が思いのほかないのでは、と感じるようになっている今日この頃です。ただ、一方で過ごす時間自身の中身、その時々の感じ方も変わってきているわけで、一概に昔がよかったとか、今がより良いとか、そんなに単純ではないものですね。

 

先日、とある先輩の方から、世の中の大きな流れについて、お話をいただく機会を頂戴したのですが、グローバルの世界では、言わずもがなかもしれませんが、英語を言語として共通認識がはかられる構図がある。グローバルな情報管理や情報の取り扱いの世界では、AIやらBig Dataのトレンドが後戻りのない流れとしてあると。

 

日本語を母国語として生きていて、これからもそうであり続ける日本人の我々は、この大きな流れにどう向き合っていくのでしょうか。

 

こういう流れであるからこそ、自国の文化や歴史の深い理解に基づいた、世界との比較がとても大切で、不可欠なんだと、言葉で表現すると当たり前のようですが、以前以上にその意味が実感できるような気がしています。

 

人のすることの評価は第三者がするわけで、どうしても主観が入りますね。判定をする立場の人が誰なのかによって、評価は変わり得るものなのかもしれませんが、一貫性ある評価、それもより多くの人からの評価を経て定まったものがいわゆる古典としての地位を確立する、ということになるのでしょうか。ただ、昨今は進化する古典、というか、見直され、新しい古典を見い出す、という挑戦的ながら謙虚な意識、意図を持つ姿勢が不可欠な世の中ですね。

 

個人的に、世界の中の日本の、黒田の戦略論の持つ意味、価値はどう位置付けられるのかに最近関心が高まっています。皆様と共同して見解や洞察を深めていきたいと考えています。中長期的な課題になるかもしれませんが、続けていく所存です。

2018年を迎えて- 変化が加速する一年

皆様、おめでとうございます。

本年もよろしくお願いします。

 

振り返ってみると、昨年は身近なところで、様々な環境の変化があり、慌ただしい一年であったように感じています。

 

今年は、国際的にみても、アメリカの変化もそうでしょう。中国の政治、経済的な影響力もますます高まっていくでしょう。ロシアのプーチン大統領もしかり。今年は前半に政治を含めてイベントがあり、表面的に顔ぶれに変化が見られなかったとしても、内実は将来に質的な変化に繋がっていくような地殻変動が続いていくのではないでしょうか。

 

さて、我が日本はどうなっていくのか。

今こそ、政治を始めとしたリーダーシップが将来の姿を描いてみせる、グランドデザインが必要になるのではないでしょうか。経済面、金銭面のみならず、日本文化や哲学の整理、棚卸しをすることで、より大きな枠組みを意識することから始めるのはいかがでしょうか。

 

誰かやどこかの国について行っていると思っていたら、実はどこにも行けない、袋小路に陥らないようにしないといけない、と年頭に思ったところでした。

 

本年もよろしくお願いします。

人の間: 間合いを取ることの大切さ

こんばんは。

 

何だかいつもいつも忙しいと言っては自分の考えたこと、思ったことの発信が後回しになってしまっています。自分の中で、考えたことを寝かせ、熟成させ、という時間、時期が大切だったりはします。ただ、それだけではこの世の中での進歩にはつながっていかないように思います。自分の外に発信することで、世にインパクトを与えていかないといけない時期、年齢というものがあると最近つくづく思います。

 

先日10月22日でしたか、福岡県朝倉市秋月で時代祭り、鎧揃えなどのイベントがありましたが、その時に、剣術で相手とどう向き合って技をかけるか等を披露してくれた団体がありました。今回はそれを見ながら、武術には端的に現れているなと思いましたが、武術に限らず、人と人の間には様々な意味での間合い、距離間、距離感を持つことが極めて大切なんだなと思いました。

 

近すぎてもうまく技をかけられないし、遠すぎても技をかけるのに必要以上に力が要せられる。適正な距離感があるのだなと、演武を見ていて気づきました。その適正な距離感を掴むのにはそう簡単ではなく、心身ともに訓練の継続や研ぎ澄まされた集中力、そしてそれを頭の中で再現できる想像力も必要なのではないでしょうか。

 

昨今、ヴァーチャルの世界やネットの世界で、人と人の身体的な熱や立体的、空気感が希薄な世界の住人が多い世の中にますますなってきているように思います。さらには目の前にいる人が言葉を発してきた場合、文字だけではなく、人の表情や体温を伴った音声の言葉が自分に向かってくる時のコミュニケーションのあり方に案外戸惑う子供や人たちも増えてきているのかもしれない、と感じたりします。

 

お互いの温度感、体温を伴った言葉のキャッチボールによって、人間は案外うまく事を運ぶためのよい知恵を見出せるのではないでしょうか。そんなことを考えさせる演武でした。

勝海舟と武士道の究極の理想

皆様、こんばんは。

先般、10月21日に福岡県朝倉市秋月で、朝倉市秋月博物館がリニューアルオープンしました。朝倉市は本年7月に豪雨に見舞われ、今も多くの方々が被害にあわれ、まだまだ復興の途上にあります。そんな状況の中、支援の一つの力となればという想いもあり、この時期に開館されました。今後の活動に期待したいと思いますし、微力ながら私自身もできる限り支援をしたいと考えています。

 

その秋月博物館は、前身の財団法人秋月郷土館、郷土美術館から引き継がれたものですが、郷土の方からの素晴らしい美術品もさることながら、黒田家ゆかりの鎧兜、島原の乱への出陣図、合戦図の屏風、秋月黒田家の統治時代等の関連の古文書など、貴重なものが多数展示されています。秋月の素晴らしい風土と相まっていて、是非足を運んでいただければと願っています。先日はその展示物をみていて、とある方から、刀について聞かれたのが、自分にとって一つの貴重な刺激となったのです。

 

武士道は、刀を力と勇気の象徴とした、と新渡戸氏にあります。我が国の多くの神社や名家において、刀を礼拝の対象として収蔵している。刀鍛治は単なる職人ではなく、霊感を授かった芸術家であり、その仕事場は聖域であった。日本の刀に鬼気が帯びるのは、そのような職人の霊が乗り移ったものか、あるいは守護神の霊気が宿ったものであろうか。

 

そういった話の流れの中で、新渡戸氏は、武士道はその刀の使用を正当化したのか、その答えは断じて「否」だ、としています。そして、我が国の歴史上、最も激動の時代をくぐり抜けてきた勝海舟のことを紹介しています。再三にわたって暗殺の対象となってきた彼は、決して自らの刀を血で汚すことはなかったと。人に斬られても、こちらは斬らぬという覚悟だったと海舟は言っています。負けるが勝ち、だとか血を流さずに勝つのが最上の勝利、だとかは洋の東西を問わず、戦略家が説いてきている格言ではありますが、要は、武士道の究極的な理想が平和であることを示している、と新渡戸氏は述べています。 

亡くなった秋月黒田家第14代、黒田長榮公は、太平洋戦争の海軍時代、いじめにあったと言い、その辛さから逃れるため、刀を持って夜自刃を思いたったことがあると述べています(『秋月黒田藩第14代城主 黒田長榮』小田豊二氏・黒田長榮著、麗澤大学出版会)。

 

今般、刀のことを聞かれた時、そういえば生前の長榮公は刀についても想いを持っていたことを思い出した次第です。刀はとても奥が深いものですね。

 

 

第15回藩校サミット 金沢大会

こんばんは。

なかなかこちらに来れず、慌ただしい日々を過ごしています。

 

世の中、色々と大きく変化、事件もあり、後世から振り返れば、今年が大きなターニングポイントであったというような時期であるのかもしれません。

 

色々な都合で詳しくは別途お話したいテーマではありますが、先日、9月30日、10月1日と、石川県は金沢にて全国藩校サミットの第15回大会があり、参加してきました。

 

金沢は加賀百万石、前田藩ですが、その前田さんがホスト役のような立場で、金沢市の皆さんが真心を込めて準備をされ、無事終了しました。手作り感があり、また江戸徳川幕府、徳川宗家と前田さんの対談なども、とてもユーモアもあり、楽しい一時であったと思います。

 

藩校サミットの趣旨は、江戸時代に各藩で作られた藩校で学ばれた様々な学問、哲学、武術等が現代においても有益なものがあるだろうとの評価の元、藩校の学問で有益なものを現在及び将来の子供たちにも受け継いでいこうというメッセージを、宣言という形で世の中に発信していこう、というものです。

 

時代が進もうが、文明の利器が発展していこうが、人間自体は大きく変化するものではないですね。社会という人間相互が助けあって成り立つ環境で、守るべき価値で変わらないものはあると思います。

 

藩校サミットがあるこの時期は、あらためて立ち位置などを振り返る時でもあります。

 

来年の第16回藩校サミットは京都の舞鶴で開催されます。牧野家のお膝下での開催、どういった出会いがあるのか、新たな発見を求めて、今から楽しみであります。

 

 

北朝鮮問題、キューバ危機、そして武士道教育

こんばんは。

前回原稿をあげてから、慌ただしく過ごしておりました。

 

グローバルな環境では北朝鮮のミサイル危機が耳目を集め、以前のキューバ危機ではありませんが、米国を中心に世界の大国の思惑や事案の見方によっては、対処の仕方が誤った方向にいきかねない事態とも言えます。

 

今のところ、北朝鮮を取り巻く回りの大国の方針に一定の擦り合わせが行われていることが窺われますが、これも盤石ではないかもしれません。

 

先日から武士道についての書籍を紐解きながら、私自身、今後の日本人にとって必要な、有益な振る舞い、勉学やものの見方は何があるのかについて、ヒントを求め続ける日々が続いています。その武士道の中で気になったくだりがありましたので、記載しておきたいと思います。

 

ー武士道を支える三つの柱は、智、仁、勇、すなわち知恵、仁愛、勇気であるとされた。サムライは本質的に行動の人である。

 

ー哲学と文学の二つは、サムライの知的な訓練の主要な部分をなしていたが、これらにおいて武士が求めたのは、客観的な真理ではなかった。哲学は軍事的あるいは政治的な問題を究明するため、そうでなければ人格形成の実践的な助けとして学ばれた。

 

ー(武士道の教育課程にある)柔術は、攻撃および防御に解剖学的な知識を利用したもの。柔術は、相撲とは異なり、筋肉の力に頼らない。また、他の攻撃法とは違って武器を用いない。

その技は、相手の身体のある部分を掴み、あるいは打って麻痺させ、抵抗できなくするものである。その目的は、相手を殺傷することではなく、一時的に相手を動けないようにすることにあるのだ。

 

現代との違いはもちろんあるものの、考え方として、「相手を動けないようにする」戦略なるものを日本こそが考え抜く必要があるように思います。今からでも遅くはないでしょう。

 

黒田官兵衛と孫子の兵法、そして戦闘を超えた人格養成

こんにちは。

武士道とはというテーマの中で、戦さ、これは広い意味で人と人との関わり、交わりと言えるかと思いますが、戦術や戦略を考えることは、すなわち人を考えることなのだと最近とみに考えるところです。

 

黒田官兵衛は幼少期、泣き虫でかつ本の虫であったと言われていますが、当時の軍師として、当然孫子の兵法を読み、実際の戦いでその教えを使いこなしていたようです。一つの例として挙げられるのが福原城攻め(兵庫県佐用郡)の際の戦法です。城を囲む際、全部を包囲せず、一ヶ所逃げ道を作っておき、そこに逃げてきた敵を討ち取る、というものです。こういった戦いを続け、播磨地方で、毛利陣営ではなく織田陣営への引き込みに大きな貢献をしたとされます。 

 

時代は先に進みますが、官兵衛の有岡城の戦いでの幽閉は有名な話かもしれません。

約一年間牢獄に幽閉され、その時の不自由の影響で脚を悪くしたのですが、窮屈で不自由な幽閉生活の癒しとなったのが、牢獄から見える藤蔦であったと言われています。鳥や虫と植物との交わりや、その成長の様を眺めながら、生命の息吹を感じ取り生きる、生き抜くことの意味を見出したのではないでしょうか。

黒田家の家紋が藤巴である由来はここからきているものです。

 

官兵衛に限らず多くの戦国武将が音楽や詩歌の愛好家であったことは、こういった例からも頷けるような気がするのです。孫子の兵法といった兵法書に限らずに、幅広く、平家物語太平記のような無常観ある軍記物語もよく読まれていたようです。連歌や詩作など豊かな精神文化が醸成されてきた背景の一つに、人間に対する深い洞察があったのではないかと考えます。

 

優美な感情を養うことが他人の苦しみに対する思いやりを生む。

人間としての生と死を考える場合、特定の部位、症状に限定せず、感情を含めた人間全体を観る、考える姿勢がますます大切になってきているように思います。